青森県女性ロールモデル 事例26【石岡 紫織さん】
青森県男女共同参画センター
明治時代から続くりんご園を若くして受け継いだ石岡さん。
現在に至るまでの過程やその想いについてお聞きしました。
分野:農林水産、専門職

人とのつながりを大切に
失敗を恐れずに挑戦を
石岡りんご園
園主
石岡 紫織さん(弘前市)
園主
石岡 紫織さん(弘前市)
【プロフィール】
弘前市下湯口出身。
石岡りんご園の6代目園主。
かつてパイロットを目指し自家用操縦士資格をもち、
ニュージーランドの空を飛び回った経験がある。
2008年りんご園を継ぎ、2018年青森県初の女性りんご剪定士に認定される。
趣味は映画観賞・読書。
弘前市下湯口出身。
石岡りんご園の6代目園主。
かつてパイロットを目指し自家用操縦士資格をもち、
ニュージーランドの空を飛び回った経験がある。
2008年りんご園を継ぎ、2018年青森県初の女性りんご剪定士に認定される。
趣味は映画観賞・読書。
チャレンジのきっかけ
☆パイロットへの道
幼い頃から父の影響で飛行機が好きになり、いつしかパイロットに憧れていました。
県外の大学進学を希望していましたが、先生から「パイロットになりたいなら、航空自衛隊へ行く道もある」と教えていただき、挑戦することにしました。
航空自衛隊に入隊後、航空学生として年に1回実施されるパイロットの試験を受けました。20歳までに3回の受験機会があり、最終試験まで進みました。結果として合格には至りませんでしたが、パイロットへの思いは一層強くなりました。一度操縦かんを握って飛行機を操った経験は、楽しくて忘れられませんでした。
当時は女性パイロットの枠に制約があったため、ほかにパイロットになる方法はないものか、航空自衛隊で日々真剣に業務に取り組みながら、探してみました。
すると、ニュージーランドの専門学校で操縦士資格の免許を取得できることを知り、それから資金を貯めはじめ、入隊6年で退職しました。
24歳でニュージーランドの専門学校に入学し、1年間の講習と飛行訓練を受け、自家用操縦士資格を取得しました。
さらに事業用操縦士資格に挑戦しようと思い、資金調達のために一度帰国して、東京で就活しました。
幼い頃から父の影響で飛行機が好きになり、いつしかパイロットに憧れていました。
県外の大学進学を希望していましたが、先生から「パイロットになりたいなら、航空自衛隊へ行く道もある」と教えていただき、挑戦することにしました。
航空自衛隊に入隊後、航空学生として年に1回実施されるパイロットの試験を受けました。20歳までに3回の受験機会があり、最終試験まで進みました。結果として合格には至りませんでしたが、パイロットへの思いは一層強くなりました。一度操縦かんを握って飛行機を操った経験は、楽しくて忘れられませんでした。
当時は女性パイロットの枠に制約があったため、ほかにパイロットになる方法はないものか、航空自衛隊で日々真剣に業務に取り組みながら、探してみました。
すると、ニュージーランドの専門学校で操縦士資格の免許を取得できることを知り、それから資金を貯めはじめ、入隊6年で退職しました。
24歳でニュージーランドの専門学校に入学し、1年間の講習と飛行訓練を受け、自家用操縦士資格を取得しました。
さらに事業用操縦士資格に挑戦しようと思い、資金調達のために一度帰国して、東京で就活しました。
☆突然の父の死
まだまだ夢に向かって走り続けているなか、父が亡くなりました。あまりに突然のことで、心の整理がつかないまま弘前に戻り、慌ただしく葬儀を執り行いました。
「家業であるりんご園を今後どうするか」
家族親戚が集まり話し合いが行われました。
りんご農家の長女として生まれた宿命から「私がやります」とその場で決意を伝えました。先祖代々続いているりんご園を父の代で終わらせるわけにはいかないという責任感からでした。
もちろん、パイロットになるという夢を道半ばで諦めることへの葛藤は、正直かなりありました。しかしそれ以上に、父の残したりんご園に対する思いが強く、覚悟を決めました。
まだまだ夢に向かって走り続けているなか、父が亡くなりました。あまりに突然のことで、心の整理がつかないまま弘前に戻り、慌ただしく葬儀を執り行いました。
「家業であるりんご園を今後どうするか」
家族親戚が集まり話し合いが行われました。
りんご農家の長女として生まれた宿命から「私がやります」とその場で決意を伝えました。先祖代々続いているりんご園を父の代で終わらせるわけにはいかないという責任感からでした。
もちろん、パイロットになるという夢を道半ばで諦めることへの葛藤は、正直かなりありました。しかしそれ以上に、父の残したりんご園に対する思いが強く、覚悟を決めました。
チャレンジのみちのり
☆りんご園を継ぐ
就農したばかりの頃は、本来なら師匠であるはずの父がいないことで、戸惑う日々でした。受け継ぐとは言ってみたものの、何ひとつ分からず、不安でいっぱいでした。そんな私を心配して、地元の人たちが代わる代わる教えにきてくれました。
草刈り機の使い方からはじまり、薬剤散布のやり方や農機具の使い方まで。地域の組合、近所の畑の方、親類が手取り足取り指導してくれました。特に冬の枝切りでは、父と親交のあった生産者の方々が地区の皆さんに声掛けしてくれて、30人もの方々が作業を手伝ってくれました。しかもその支援は2年間にわたり続きました。また父の友人からは、枝切りなどを5~6年にわたって丁寧に指導してもらいました。
このような皆さんからの厚い支援によって、一つひとつ技能を身に付けていきました。
就農したばかりの頃は、本来なら師匠であるはずの父がいないことで、戸惑う日々でした。受け継ぐとは言ってみたものの、何ひとつ分からず、不安でいっぱいでした。そんな私を心配して、地元の人たちが代わる代わる教えにきてくれました。
草刈り機の使い方からはじまり、薬剤散布のやり方や農機具の使い方まで。地域の組合、近所の畑の方、親類が手取り足取り指導してくれました。特に冬の枝切りでは、父と親交のあった生産者の方々が地区の皆さんに声掛けしてくれて、30人もの方々が作業を手伝ってくれました。しかもその支援は2年間にわたり続きました。また父の友人からは、枝切りなどを5~6年にわたって丁寧に指導してもらいました。
このような皆さんからの厚い支援によって、一つひとつ技能を身に付けていきました。

☆りんご直売の楽しさ
就農1年目に雹害がありました。少しでも収入につながればと、地域の仲間とともに、はじめて直売に参加しました。お客様から直接「美味しい」という言葉を聞いたときに、はじめて努力してきたことを認められたと感じ、嬉しかったことを思い出します。
このころから、辛かったりんご作りが少しずつ楽しくなっていきました。
就農1年目に雹害がありました。少しでも収入につながればと、地域の仲間とともに、はじめて直売に参加しました。お客様から直接「美味しい」という言葉を聞いたときに、はじめて努力してきたことを認められたと感じ、嬉しかったことを思い出します。
このころから、辛かったりんご作りが少しずつ楽しくなっていきました。
☆女性りんご剪定士
りんご作りを手伝ってもらうばかりではいけないと思い、自らすすんで剪定勉強会に何度も参加しました。男性ばかりの勉強会でしたが特に気には留めず、美味しいりんご作りのため、そして技術向上のために努力し続けました。
その後もりんご剪定士養成事業に参加し、りんご作りの知識を深めていき、3年後の2018年3月、青森県初の女性りんご剪定士として認定されました。これまで剪定の仕事は男性だけだったこともあり、努力したことが認められ自信につながりました。
りんご作りを手伝ってもらうばかりではいけないと思い、自らすすんで剪定勉強会に何度も参加しました。男性ばかりの勉強会でしたが特に気には留めず、美味しいりんご作りのため、そして技術向上のために努力し続けました。
その後もりんご剪定士養成事業に参加し、りんご作りの知識を深めていき、3年後の2018年3月、青森県初の女性りんご剪定士として認定されました。これまで剪定の仕事は男性だけだったこともあり、努力したことが認められ自信につながりました。
☆働きやすい仕組みづくりに
明治時代から続く3ヘクタールものりんご園を、園主である私と、母、そしてパートさんと、女性だけで管理しています。
私も含め、パートさんたちのライフステージが変わってきています。子育て世代や退職後のライフワークとして手伝ってくれている方など、それぞれのライフスタイルに合わせて無理なく働ける環境づくりを心掛けています。曜日や時間を個人に合わせた柔軟なシフト制にし、農協の人材登録制度も活用しながら、必要な人材を確保しています。
明治時代から続く3ヘクタールものりんご園を、園主である私と、母、そしてパートさんと、女性だけで管理しています。
私も含め、パートさんたちのライフステージが変わってきています。子育て世代や退職後のライフワークとして手伝ってくれている方など、それぞれのライフスタイルに合わせて無理なく働ける環境づくりを心掛けています。曜日や時間を個人に合わせた柔軟なシフト制にし、農協の人材登録制度も活用しながら、必要な人材を確保しています。
☆大きな転機
ある冬、母が除雪中に骨折する大ケガをしました。半年の入院生活を終え、現在は摘花や摘果の軽作業ができるぐらいに回復したものの、重いものは全く持てなくなりました。
これが大きな転機となりました。
従来の選果・箱詰め・遠方への直販体制を見直し、作業の持続可能性を重視する方針へ転換しました。また追い打ちをかけるように、送料や資材の高騰で直販の採算が悪化していったことも体制を見直すきっかけとなりました。
ある冬、母が除雪中に骨折する大ケガをしました。半年の入院生活を終え、現在は摘花や摘果の軽作業ができるぐらいに回復したものの、重いものは全く持てなくなりました。
これが大きな転機となりました。
従来の選果・箱詰め・遠方への直販体制を見直し、作業の持続可能性を重視する方針へ転換しました。また追い打ちをかけるように、送料や資材の高騰で直販の採算が悪化していったことも体制を見直すきっかけとなりました。
☆ネット販売はじめる
出荷先を市場や近隣農協への持ち込みに切り替える一方で、新たな挑戦として自らショップを立ち上げ、ネット販売をはじめました。
一度購入してくれたお客様がリピートしてくれたり、さらに口コミで新たなお客様を紹介してくれることも増えています。「美味しい」という声をいただけることが何よりの励みとなり、大きなやりがいを感じています。
また輸出は以前に比べて大きく伸びました。自分の作ったりんごが、台湾など海の向こうへ渡っていることが嬉しく、これもまた楽しさや、やりがいにつながっています。
出荷先を市場や近隣農協への持ち込みに切り替える一方で、新たな挑戦として自らショップを立ち上げ、ネット販売をはじめました。
一度購入してくれたお客様がリピートしてくれたり、さらに口コミで新たなお客様を紹介してくれることも増えています。「美味しい」という声をいただけることが何よりの励みとなり、大きなやりがいを感じています。
また輸出は以前に比べて大きく伸びました。自分の作ったりんごが、台湾など海の向こうへ渡っていることが嬉しく、これもまた楽しさや、やりがいにつながっています。
チャレンジしてみて
☆「美味しい」の一言が聞きたくて
現在は人口授粉もせず、ミツバチたちの自然授粉に任せ、「りんごの木がつくったものをいただいている」というスタンスで取り組んでいます。高単価の進物向けばかりではなく、無理のない品質と量のバランスを重視し、現実的な経営を目指しています。
りんご本来の美味しさを引き出す「葉とらず栽培」にすることで、人手不足の問題も解消しています。
りんご作りは、常に食べてくれる方のことを思ってつくることが大切です。その思いは出来上がりにあらわれ、お客様にも伝わります。
「美味しい」の一言が聞きたくて、努力を惜しまず作っています。
現在は人口授粉もせず、ミツバチたちの自然授粉に任せ、「りんごの木がつくったものをいただいている」というスタンスで取り組んでいます。高単価の進物向けばかりではなく、無理のない品質と量のバランスを重視し、現実的な経営を目指しています。
りんご本来の美味しさを引き出す「葉とらず栽培」にすることで、人手不足の問題も解消しています。
りんご作りは、常に食べてくれる方のことを思ってつくることが大切です。その思いは出来上がりにあらわれ、お客様にも伝わります。
「美味しい」の一言が聞きたくて、努力を惜しまず作っています。

☆冬の剪定
りんごの一年は、冬の剪定がスタートだと思っています。
雪を漕いでりんごの木にたどり着き、寒く静かな空間で、無心になってりんごと向き合う。まるでりんごと対話するかのように、真剣に。
一年のなかで、この冬の剪定の時期が一番好きです。
これまでの経験から、過度な剪定をせず、自然の力に任せるという考え方に行き着きました。「剪定とは切らぬことと見つけたり」と。
一本の細い苗から育てたりんごの樹々を、これからも大事に育てていきたいです。
りんごの一年は、冬の剪定がスタートだと思っています。
雪を漕いでりんごの木にたどり着き、寒く静かな空間で、無心になってりんごと向き合う。まるでりんごと対話するかのように、真剣に。
一年のなかで、この冬の剪定の時期が一番好きです。
これまでの経験から、過度な剪定をせず、自然の力に任せるという考え方に行き着きました。「剪定とは切らぬことと見つけたり」と。
一本の細い苗から育てたりんごの樹々を、これからも大事に育てていきたいです。
☆農業をとりまく環境
近年、農業をとりまく環境はどんどん厳しさを増してきています。夏は猛暑が続き、冬は豪雪でりんごの木が軒並み倒れてしまうという、りんご農家にとっても大きな課題となっています。今後はますます気象条件との戦いとなることでしょう。
また、青森県の人口減少は、収穫期の人手不足にも直結します。農家が畑をやめると病害虫の発生源となり地域に迷惑をかけるため、畑を維持することに責任を感じています。
近年、農業をとりまく環境はどんどん厳しさを増してきています。夏は猛暑が続き、冬は豪雪でりんごの木が軒並み倒れてしまうという、りんご農家にとっても大きな課題となっています。今後はますます気象条件との戦いとなることでしょう。
また、青森県の人口減少は、収穫期の人手不足にも直結します。農家が畑をやめると病害虫の発生源となり地域に迷惑をかけるため、畑を維持することに責任を感じています。

これからチャレンジする女性へのメッセージ
☆悔いのない人生を
振り返ってみると、仕事としてのパイロットは諦めたものの、自家用操縦士の免許を取得し、パイロットになるという夢を叶えたことで自分なりにひと区切りがついたので、りんご農家を継ぐことができたと思います。親からは一度も継いでほしいと言われたことがなく、夢に向かって自由に歩んだかけがえのない貴重な時間があったからこそ、りんご農家を継ぐ覚悟ができたと思います。
これまで歩んできたことは、何一つ無駄になっていません。
振り返ってみると、仕事としてのパイロットは諦めたものの、自家用操縦士の免許を取得し、パイロットになるという夢を叶えたことで自分なりにひと区切りがついたので、りんご農家を継ぐことができたと思います。親からは一度も継いでほしいと言われたことがなく、夢に向かって自由に歩んだかけがえのない貴重な時間があったからこそ、りんご農家を継ぐ覚悟ができたと思います。
これまで歩んできたことは、何一つ無駄になっていません。
☆人とのつながりの大切さ
りんご園を継承して十数年になりますが、これまで何とか無事にやってこれたことも、地域に支えられたおかげです。感謝の気持ちでいっぱいです。
家ごとに「屋号」で呼び合う集落の人々、地域の組合員、父の友人など、代々続く農家としての強いつながりが、農業継続の基盤となっています。
人とのつながりは、新たな気づきや学びをもたらすだけでなく、困難なときには支えとなり一歩踏み出す勇気を与えてくれます。
私もかつて手を差し伸べてもらったように、これからは誰かを支えられる存在になりたいです。父や祖父らが大切にしてきたこのコミュニティをこれからも大切にし、生まれ育った地元のために貢献していきたいですね。
りんご園を継承して十数年になりますが、これまで何とか無事にやってこれたことも、地域に支えられたおかげです。感謝の気持ちでいっぱいです。
家ごとに「屋号」で呼び合う集落の人々、地域の組合員、父の友人など、代々続く農家としての強いつながりが、農業継続の基盤となっています。
人とのつながりは、新たな気づきや学びをもたらすだけでなく、困難なときには支えとなり一歩踏み出す勇気を与えてくれます。
私もかつて手を差し伸べてもらったように、これからは誰かを支えられる存在になりたいです。父や祖父らが大切にしてきたこのコミュニティをこれからも大切にし、生まれ育った地元のために貢献していきたいですね。
☆失敗を恐れずに挑戦すること
人生何ごとも、やらないで後悔するよりは、やってみた方が楽しいと思います。例え失敗しても、次につなげるために考えることが、自分の成長につながります。
私自身、農業を営む中で毎年さまざまな課題に直面します。しかし、その課題をどのように乗り越えるかを考え、時には地元の人たちと知恵を出し合いながら解決していくことを楽しんでいます。
「失敗を恐れずに挑戦すること」が、とても大切だと思います。
人生何ごとも、やらないで後悔するよりは、やってみた方が楽しいと思います。例え失敗しても、次につなげるために考えることが、自分の成長につながります。
私自身、農業を営む中で毎年さまざまな課題に直面します。しかし、その課題をどのように乗り越えるかを考え、時には地元の人たちと知恵を出し合いながら解決していくことを楽しんでいます。
「失敗を恐れずに挑戦すること」が、とても大切だと思います。
(令和8年7月取材)





