青森県女性ロールモデル 事例23【米坂 智都さん】
青森県男女共同参画センター
個人事業主を経たのち、リモートワークや副業でのコーヒー屋など、移住した先の青森市で柔軟な働き方をしている米坂さん。
現在の活動に至るまでの過程やその想いについてお聞きしました。
分野:就業、キャリアアップ、起業

「環境に負けたくない」が原動力
小さな一歩を踏み出した先に
株式会社 もしも
NOPPO to COFFEE
米坂 智都さん(青森市)
NOPPO to COFFEE
米坂 智都さん(青森市)
【プロフィール】
栃木県出身。
会社員、個人事業主を経験したのち、東京に本社を構える『株式会社もしも』にリモートワーク勤務。
休日は副業として夫とコーヒー屋『NOPPO to COFFEE』を営む。
青森市働く女性ネットワークの創設メンバーとして活躍中。
栃木県出身。
会社員、個人事業主を経験したのち、東京に本社を構える『株式会社もしも』にリモートワーク勤務。
休日は副業として夫とコーヒー屋『NOPPO to COFFEE』を営む。
青森市働く女性ネットワークの創設メンバーとして活躍中。
チャレンジのきっかけ
☆慣れない土地での苦悩
夫の地元である青森県に引っ越してきたばかりの頃は、知り合いもおらず、とても心細い日々を過ごしました。慣れない土地での子育てに不安を抱えながら、自分の居場所をどうつくっていくかをずっと考えていました。
特に自分の心の中にあったのは、妊娠・出産の度にキャリアが途絶えてしまうことに対する悔しさでした。時には、出産や育児によるキャリアの中断を心配する必要のない夫に対して「あなたはいいよね」という羨ましさを抱いたこともあったほど。
しかし、この気持ちは後に大きな原動力となるものでした。
夫の地元である青森県に引っ越してきたばかりの頃は、知り合いもおらず、とても心細い日々を過ごしました。慣れない土地での子育てに不安を抱えながら、自分の居場所をどうつくっていくかをずっと考えていました。
特に自分の心の中にあったのは、妊娠・出産の度にキャリアが途絶えてしまうことに対する悔しさでした。時には、出産や育児によるキャリアの中断を心配する必要のない夫に対して「あなたはいいよね」という羨ましさを抱いたこともあったほど。
しかし、この気持ちは後に大きな原動力となるものでした。
チャレンジのみちのり
☆踏み出した一歩
環境に合わせずとも働ける状況をつくりたい、自分でお金を生み出す経験がしたいという思いから「まずは何か一つ、やってみよう」とブログやSNSを開設。
知識や経験が全くない状態からのスタートでしたが、自身のブログを書きながら、文章を書くスキルを身につけていきました。そこから発展して、インターネットでつながった企業から仕事をいただくように。この繰り返しで、徐々に経験を積んでいきました。
さらに仕事の幅を広げるための勉強も、満遍なく行いました。Webで記事を書くための知識や、サイト構築のための基本的な知識などを習得しながら、最終的にはWebサイトの制作を監督するディレクターとしての仕事を請け負うようになっていきました。
当時を振り返ると「キャリアが途絶えてしまった自分が、どうやってこども3人を育てていこうか」という気持ちが強く、とにかく必死で頑張っていた気がします。
☆「やってみよう」の繰り返し
私の活動を近くで見ていた知り合いから声がかかり、『デジタルハリウッドSTUDIO青森』の立ち上げメンバーとして活動することになりました。運営マネージャーとしてゼロからの仕組みづくりを行う責任あるポジションでしたが、「自分の経験にもなるし、やってみよう」と考えました。
こどもが幼稚園に預けられる年齢になっていたことも、決断を後押しした一つでした。
☆青森にいながらのリモートワーク
あるコミュニティでブログを勉強していた時期に知り合った方が、東京のマーケティング会社を紹介してくれました。更なるスキルアップができると考えた私は、迷わず「やりたい!」と返事をしました。現在は本業としてその会社でリモートワークをしています。
本業の会社は、柔軟な働き方ができるところです。当初多忙であったデジタルハリウッドSTUDIO青森での仕事が落ち着くまでの間、業務委託などの形を取りながら携わり続けることを認めてくれました。
たまに東京へ出社することもあり、それがちょうどいい気分転換にもなっています。離れていても、職場の人たちとつながりがあるのはありがたいし、大きな仕事を任せてもらうことで徐々に自信もついてきました。
リモートワークは、自分の生活スタイルに合っている気がします。3人のこどもを育てている今、学校から帰ってきたら「おかえり」と言える環境にありがたいなと感じます。青森にも、もっとリモート人口が増えたら良いなと思いますね。
環境に合わせずとも働ける状況をつくりたい、自分でお金を生み出す経験がしたいという思いから「まずは何か一つ、やってみよう」とブログやSNSを開設。
知識や経験が全くない状態からのスタートでしたが、自身のブログを書きながら、文章を書くスキルを身につけていきました。そこから発展して、インターネットでつながった企業から仕事をいただくように。この繰り返しで、徐々に経験を積んでいきました。
さらに仕事の幅を広げるための勉強も、満遍なく行いました。Webで記事を書くための知識や、サイト構築のための基本的な知識などを習得しながら、最終的にはWebサイトの制作を監督するディレクターとしての仕事を請け負うようになっていきました。
当時を振り返ると「キャリアが途絶えてしまった自分が、どうやってこども3人を育てていこうか」という気持ちが強く、とにかく必死で頑張っていた気がします。
☆「やってみよう」の繰り返し
私の活動を近くで見ていた知り合いから声がかかり、『デジタルハリウッドSTUDIO青森』の立ち上げメンバーとして活動することになりました。運営マネージャーとしてゼロからの仕組みづくりを行う責任あるポジションでしたが、「自分の経験にもなるし、やってみよう」と考えました。
こどもが幼稚園に預けられる年齢になっていたことも、決断を後押しした一つでした。
☆青森にいながらのリモートワーク
あるコミュニティでブログを勉強していた時期に知り合った方が、東京のマーケティング会社を紹介してくれました。更なるスキルアップができると考えた私は、迷わず「やりたい!」と返事をしました。現在は本業としてその会社でリモートワークをしています。
本業の会社は、柔軟な働き方ができるところです。当初多忙であったデジタルハリウッドSTUDIO青森での仕事が落ち着くまでの間、業務委託などの形を取りながら携わり続けることを認めてくれました。
たまに東京へ出社することもあり、それがちょうどいい気分転換にもなっています。離れていても、職場の人たちとつながりがあるのはありがたいし、大きな仕事を任せてもらうことで徐々に自信もついてきました。
リモートワークは、自分の生活スタイルに合っている気がします。3人のこどもを育てている今、学校から帰ってきたら「おかえり」と言える環境にありがたいなと感じます。青森にも、もっとリモート人口が増えたら良いなと思いますね。

☆環境に負けたくない
私の原動力は「反骨心」なのだと思います。
自分の人生を振り返ると、環境を乗り越えようとした経験の中で共通するのは「悔しい!」と感じた場面があったことでした。
環境に負けてしまうのは、悔しい。だから、負けたくない。
出産や育児という環境によって、その度にキャリアが途絶えてしまうことに悔しさを感じていた私は、諦めるよりも自分に合った働き方を見つける行動をしました。
チャレンジしてみて
☆切磋琢磨し合う存在と家族の理解
これまでの道のりには、夫の存在があります。大学時代に出会った夫とは、いろいろなことを夫婦で一緒にやってみる関係を築いてきました。私が個人事業主としてブログを始めた頃も、二人でSNSやブログの知識を身につけました。
私の根底には「いつ終わるかわからない人生の中で、環境を理由に諦めたり苦しんだりするのは嫌だな」という思いがあります。仕事に悩む夫の転職を後押しした際にも「二人が生きていれば何とかなるよ」と声を掛け、共に歩んできました。
今までの働き方の中では、私も夫も現在が一番いいと感じています。こどもたちも、私たちがコーヒー屋をやっていることを一緒に楽しんでくれているようです。リモートでの働き方や副業との両立など、少し変わった選択にも理解を示し、応援してくれる家族の存在に心から感謝しています。自分ひとりでは見えなかった景色に、家族みんなでたどり着くことができていると感じます。
☆つながる縁で見えた世界 育つ居場所
私も夫も本業を持ちながら、副業としてコーヒー屋を営んでいる現在。
どんな人生になるかわからない。5年前には想像していなかった働き方をしている自分に、時々驚くことがあります。
イベント出店を通じても、お客さんや出店仲間とのつながりができました。
実店舗オープンに向けて絶賛準備中ですが、店舗を構えることを決意してからは、「楽しみにしてるよ~」「絶対行くね!」「応援してるよ!」と声を掛けてもらえて、それがすごく励みになっています。友人が改装を手伝ってくれたり、差し入れを持ってきてくれたり。コーヒーをきっかけに、思っていた以上に多くの人に支えられていることに気づきました。
やりたいと思って始めてみた物事は、どれも最初はほんの小さな行動ばかりでした。それでも少しずついろいろな人とつながって、世界が広がり、自分の居場所が育っていったように感じます。知らない土地だった青森が、今ではかけがえのない「拠点」になりました。
これまでの道のりには、夫の存在があります。大学時代に出会った夫とは、いろいろなことを夫婦で一緒にやってみる関係を築いてきました。私が個人事業主としてブログを始めた頃も、二人でSNSやブログの知識を身につけました。
私の根底には「いつ終わるかわからない人生の中で、環境を理由に諦めたり苦しんだりするのは嫌だな」という思いがあります。仕事に悩む夫の転職を後押しした際にも「二人が生きていれば何とかなるよ」と声を掛け、共に歩んできました。
今までの働き方の中では、私も夫も現在が一番いいと感じています。こどもたちも、私たちがコーヒー屋をやっていることを一緒に楽しんでくれているようです。リモートでの働き方や副業との両立など、少し変わった選択にも理解を示し、応援してくれる家族の存在に心から感謝しています。自分ひとりでは見えなかった景色に、家族みんなでたどり着くことができていると感じます。
☆つながる縁で見えた世界 育つ居場所
私も夫も本業を持ちながら、副業としてコーヒー屋を営んでいる現在。
どんな人生になるかわからない。5年前には想像していなかった働き方をしている自分に、時々驚くことがあります。
イベント出店を通じても、お客さんや出店仲間とのつながりができました。
実店舗オープンに向けて絶賛準備中ですが、店舗を構えることを決意してからは、「楽しみにしてるよ~」「絶対行くね!」「応援してるよ!」と声を掛けてもらえて、それがすごく励みになっています。友人が改装を手伝ってくれたり、差し入れを持ってきてくれたり。コーヒーをきっかけに、思っていた以上に多くの人に支えられていることに気づきました。
やりたいと思って始めてみた物事は、どれも最初はほんの小さな行動ばかりでした。それでも少しずついろいろな人とつながって、世界が広がり、自分の居場所が育っていったように感じます。知らない土地だった青森が、今ではかけがえのない「拠点」になりました。

☆「なすびは、なすびにしかなれないから」
私の好きな言葉があります。マーケターの森岡剛さんによる「なすびはなすびにしかなれないから、立派ななすびになれ」という言葉です。“なすびはきゅうりや玉ねぎにはなれないから、立派ななすびを目指せばいい。自分の持っていない部分に対して苦しむのではなく、自分の強みを見定めて磨くことで、より輝ける”という話です。
私も最初、自分は何をできるのかを考えました。文章を書くことが得意だったので、ライティング(執筆)はできると思いチャレンジしました。
その結果、昔では想像できなかった世界が待っていたのです。
現在のリモートワークにおいても、文章力を磨いた努力は活きています。ほとんどのコミュニケーションを文字で行うリモート環境において、分かりやすい文章を書く力は非常に重要です。ここでも「ブログをやっていて良かったな」と感じます。これまでの経験は全部つながっているんですよね。
これからチャレンジする女性へメッセージ
人生は一度きりで、きっとあっという間です。
「地方にいるから」「小さい子がいるから」「女性だから」「もういい年だから」など、世間の価値観に縛られて動けずに諦めてしまう前に、「本当はどうしたいの?」と、一度胸に手を当てて自分の気持ちに正直になってみてほしいです。
やってみたいことがあるなら、確信がなくてもとりあえず始めてみればいい。
うまくいかなくても、それはそれ。途中でやめたって全然いいのです。失敗したからと言って誰かに責められるわけではないし、自分が納得できればそれで充分だと思います。
「ちゃんと準備できてから」は私には向いていませんでした。もしそれを待っていたら、おそらく一生何も行動できなかったと思います。これまでを振り返っても「まずはやってみよう」とブログを始めた一歩が全部つながって現在に至っています。
何もやらないよりは、新しいことをひとつ知るだけでも、世界は案外変わって見えたりします。
(令和7年8月取材)
「地方にいるから」「小さい子がいるから」「女性だから」「もういい年だから」など、世間の価値観に縛られて動けずに諦めてしまう前に、「本当はどうしたいの?」と、一度胸に手を当てて自分の気持ちに正直になってみてほしいです。
やってみたいことがあるなら、確信がなくてもとりあえず始めてみればいい。
うまくいかなくても、それはそれ。途中でやめたって全然いいのです。失敗したからと言って誰かに責められるわけではないし、自分が納得できればそれで充分だと思います。
「ちゃんと準備できてから」は私には向いていませんでした。もしそれを待っていたら、おそらく一生何も行動できなかったと思います。これまでを振り返っても「まずはやってみよう」とブログを始めた一歩が全部つながって現在に至っています。
何もやらないよりは、新しいことをひとつ知るだけでも、世界は案外変わって見えたりします。
(令和7年8月取材)





